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03.9/26 個展日記(5)日常と本

またまた深夜。
でもお昼頃まで寝ています。(笑)
息ぬきの、個展日記です。もうおそいかもだけど、「ku:nel」のこと。
今回も、とてもとてもおもしろかったですね!
何回もみてしまいました。なんてどきどきする本なんやろう。
チクテカフェ、一度いきそびれてしまって(お休みの日だった)でも、
絶対ぜったい、今度個展が終わったらいってみる。と思いました。
ソーイングの濱ちゃんも載っていました。とても優しい濱ちゃんなんです。
この前、しまちゃんからきいたのだけどクウネルって、オリーブを
作っていたひとたちが集まって、作っているんですね。
大人になったオリーブなんですね。
クウネルをみていると、素敵に年を重ねることや、自分なりの幸せの
みつけかたや、田舎暮らしや、古いものや、日本という国にいることが
嬉しくなるような気持ちになります。

さいきん、なにか背伸びをしなくなりました。
自分なりの楽しいや、幸せや、今に感謝する気持ちが芽生えてきたみたいです。
まわりをみてあせることも、あんまりなくなったような。
自分にとって。というなにかが見えてきたからかもです。

今日、ちょっと嬉しかったこと。
毎日のように郵便局へ行くんですが、窓口のお姉さんに、
「なにをいつも送っているの?」ときかれて、「自分の作った作品を
送っているんです」といったら「そうなんやー。なんかかわいいもの、
はいってるねんやろなーといつも思ってたんです」といわれたこと。
大阪のひとは、気さくに話しかけてくれます。
毎日行く場所で、顔や存在を覚えてもらえていくって、なんか嬉しい。
ほっとするというか、居場所が少しずつできていくような。

03.9/19 個展日記(4)うまいはずしかたをしりたいの巻

いい風がふいています。
今、壁にかけていた新作のバッグが風でふきとばされて
しまいました。
今日の夕ごはんは炊き込みごはんです。
ごはんが炊けるまでのあいまに書いています。

今日は、うまいはずしかたをしりたい。の巻です。
アンバランスなものを好む私ですが、アンバランスで
素敵なものって、意外と少ないのです。
スーザン・チャンチオロは、それがとても上手なひと。
わたしなりに、少しはずした、でもちゃんと日常使いの
できる作品をつくりたくて奮闘しています。
前回かきましたが、母から学んだ、真面目くささ。よりも、
おもしろさを少し加えてみたく。
手のあとの残るような。
でも、それが受け入れてもらえるかどうか、ひとり暮らし
をはじめてからは、経済的な面でも(笑)ちょっと心配です。
プリントを刷る時は、少しかすれ気味に刷ってみたり、
パッチワークのはしは、きれっぱなしだったり、手縫いの
縫い目は、一律でなかったり。
でもただのへたくそではないのよ。という微妙なセンス。
バッグだから、きちんと縫うところはきちんと。
ちゃんと使ってもらいたいからね。

パンのはなし。のバッグは、パン屋さんへ行く時に持って
もらいたい。遊び心をもった日常になるように。(ふざけてないよ)
風がすごいです。あ、本がとびました。(でも窓はしめません)
炊き込みごはんのいい香りがしてきました。
文章も、うまくはずしたものが書けたらいいのだけど。

03.9/13 母のこと

         

実家にかえっていました。
おそめの夏休みです。
実家から大阪へかえる日の午前中、3階の屋根裏にひっそりと存在する母のアトリエにいきました。
母のアトリエは、「NEKO美術館」といって記帳ノートなんかもあります。
屋根の形がそのままでた屋根裏部屋は、腰をかがめて移動しないと天井に頭をぶつけるような、母の作品で足の踏み場がない
ようなアトリエ。
母の作ったものや、あつめてきたもの、ファイルされたものが散乱(散乱といったらおこられそう)しています。
母は、若い頃から絵をかくのが好きで20代の頃に大阪の淀屋橋のギャラリーで初めて個展をした縁で父と知りあいました。
その後も、絵の個展やオブジェの個展なんかをある時期、1年に1回のペースで開催していました。
母のつくるものは、ジャンルでいうとなにになるんかな。
今でも絵もかくし、写真もとるし、文章もかくし、オブジェもあるし、なんというかごちゃごちゃアート。
意外と大人よりも、若いひとのほうがおもしろい!と思う世界なのかも。とも。
大阪で暮らしていた頃、朝はやくからママチャリに乗って、粗大ゴミの中からおもしろいものをみつけてきたり、
(5/3生まれなので、ゴミとは縁がある。といっていたり)
なんか小さい頃はよそのお母さんと、ちょっと変わっていて恥ずかしかったりもしました。
でも不思議なことに、今では母は女性の中でいちばん身近で尊敬するひとになりました。
子育ての中でも、ちゃんと自分のやりたいことを貫きとおし、周りを説得せざるをえない状況にもっていき、今でも
枠にとらわれないアートの中に身をおいています。
お金を全然稼がない芸術家なんですが、(笑)だからこその自由さがあります。
本人は、自分のやっていることにお金が発生しないことがお金を発生しながらアートしている人たちに対してたまに小さな
コンプレクッスを抱いているようなところもあるのですが。

わたしのやっていることは、アートではないのですが、母のやっているようなことの要素を少しだけとりいれれたら。と最近
思います。真面目くさく、よりも、おもしろさ。みたいなところ。

母のアトリエは、噂をききつけて(ちょっと大袈裟か)訪れてみたいわ。という人がたまにいます。
母は、仕方ないなあ。といって3階の電気をつけてくれます。おもしろがってくれる人と、理解できないひとと、両方いますが、
いろんな反応をたのしんでいます。
記帳ノートには、いろんな感想がかきこまれています。哲学的なことをかいているひとや、興味があんまりなさそうなひと、
えらく感動したひと、ありきたりなことかいているひと、子どもの感想などなど。
みてほしいけど、みしたくないわ。というのが母の口癖。でも、本当はみしたがりです。
ホームページなんかもあります。(みしたがりやん)屋根裏のアトリエのかけらたちが載っています。
NEKO美術館 http://rovobo.com/neko_art/