20

04.1/26 なにもない日

よく考えると、わたしはなにもない日が結構おおい。
ひとり暮らしだし、家が仕事場だし毎日まいにち、だれかと会う約束を
しているわけではないので、日々は結構たんたんとしている。
でも、できるだけ友達と会ったり彼と会ったりして、なにもない日を
少なくしたい。と思ったりしている。
なにもない日がなんとなく、恥ずかしい。とちょっと思ったりしてい
るところがあるからかもしれないなあ。
今の仕事は好きだと思うし、なによりわたしの性分にあっていると思う。
子供の頃、大人をみていいなあ。学校がなくて毎日家にいられて。と
よく思っていた。わが家は両親とも家で仕事をしていたから余計そう思
ったのかもしれない。
子供の頃のわたしは、友達と遊ぶよりも家でおえかきしたり、お話を
考えたり、おもちゃでお人形の家を作ったりするのが好きな子だった。
近所の友達から「あーやちゃんあーそぼー」の誘いにも「おなかが痛い
ねん」とか「今日はちょっと用事があるねん」と、体をくねくねさせて
いっていた事があったように思う。
友達と遊んだ記憶もたくさんあるのだけど、そうやって丁重にお断り
した記憶もけっこうある。
夢は、家でできる仕事。と結構つよく思っていた。
でも叶うわけないかあ。とも思っていた。
でも今、あれ?ちょっと叶っているやん。とふと気付く。
でも、(でもが多いな)今はずーと続くわけないなあともこころの片隅
でいつも思っている。だから、今のこののんきで自由な生活をありがたく
楽しんだほうがいいのかな。でも、ずーとこののんきな生活がつづくと、
どうなの?大丈夫なの?ともちょっと不安になる。
なにもない日は、なんだかそんなことを深刻に考えてしまう。

母によくそんな日の不安定な胸のうちをはなすことがある。
そしたら、母は「なにもない日を許してあげたら」といいました。
ゆるす。なんだかしっくりきた言葉。
先日、BBSでもかいていた坂崎千春さんの「片想いさん」は、そんな時
よむと、なんだか今の自分をちょっといいかな。と思えてきます。
さらにその本の中で紹介されている、高野文子さんの「るきさん」という
漫画。これもまた、たんたんとした生活をいいのよそれで。といってもら
えるような気持ちになります。

最近、なんだか「内」の中の文章がおおいかも。(大阪人にいわせると、
くっらー!どうしたんあやちゃん。というところ(笑))
そんなくらいわたしは、大阪人の友達と来週スノーボードにいってきます。

04.1/20 暮らしのかたち

「住む」という雑誌で高橋みどりさんのおうちが載っていました。
最近よく目にします。たしか、ku:nelや他の雑誌にも載ってたような。
高橋みどりさんは、フードスタイリストという職業です。
わたしは、高橋みどりさんの記事が載っていると食い入るようにその
部屋の写真をみてしまいます。
中でも、台所のいろんなものがぶらさがっている写真がすきです。
白いタイルにいろんな、道具がぶらさがっています。
わが家の台所も、白いタイルや!とそれだけでこの台所がすきになり
ました。
生活感のある部屋がすきです。
あったかい、まるみがでてくるような気がします。
たいした料理はしないわたしですが、なんだかんだいって意外と自炊
をしています。ちゃんと生活をしている。という気分になります。
今季の(季刊誌)「住む」は、なんだかじっくり読んでしまいました。
シンプルにていねいに暮らすって難しいけどあこがれます。

こんな仕事をしているおかげで、わたしの朝は、結構シンプルで
ていねいです。朝ごはんが楽しみで、ひとりの朝は起きるのが楽しみ
なのです。
顔をあらってまず、珈琲豆をミルすることからはじまります。
最近凝りだしたのが、珈琲豆のブレンドです。
なんだか今うちには4種類くらいの豆があります。いただいたものや、
買ったもの、モカがあんまり好きじゃないのですが、捨てるのがもっ
たいないなと思って、ほかの豆とブレンドしたのがはじまり。
今は、今日はどのブレンドにしようかなと考えるのが楽しいのです。
さらに楽しくさせたのは、お正月休みに実家でみつけてきた祖母が
つかっていたというねんきの入ったホットサンドのフライパン?
(名前なんていうの?)で、厚切りの食パンを焼いてたべること。
順番は、珈琲をドリップしおわったら、パンを焼きはじめます。
焼きながら、両面にバターをぬります。トースターで焼くのよりも
ずっとずっと美味しいのです。
水分が逃げないから、中はもっちりしているんです。
そんなのを食べながら、喫茶店でいただいてきた昨日の新聞をよみ
ます。朝はそんなふうにゆっくり過ごしています。

一度しか見る機会がなかったのだけど、雪国の新婚さんのある朝の
ひとこまを切り抜いた、ネスカフェのCMがあるの知っていますか?
月兎のポットや、湯気や、シンプルな部屋の様子や、ほんの数秒の
世界だったのですが、すてきなCMでした。
あんな朝にしたいと、ささやかな夢をもっています。

04.1/13 ゲイジュツの話し

手をうごかす。
ひたすらかきつづけました。
久しぶりです。楽しくて楽しくて真夜中、クレパスで絵をかきつづけ
ました。
お正月休み、大阪へ帰る最後の日、松本市の画材屋さんで母が25色の
クレパスを買ってくれました。去年の最後あたりから、絵をかきたい!
と無性に思っていました。クレパスで。

大阪へ帰ってきてひとりの夜。
最初、なにも考えずに手をうごかしていました。
何色もつかってみたくて、カラフルな絵ばかりできました。
まるでへたくそなんですが、なんだか納得がいくまでやめられなくなり、
そのうちしまちゃんのカフェのロゴを考えてくれっていわれてたな。と
思い出し、そんなのをひたすら、かいていました。
そしたら1色のほうが、なんだかいい感じになってきたので、1色展開で
どんどんかきつづけました。
もう楽しくて仕方ないのです。こうなったら子供のようです。
みるみるスケッチブック1册が終わり、2册めに突入しました。
左は、そんな中できた2まい。
そのうち、ギャラリーのページにも何枚か載せる予定です。

たまーにあるんですが、決まって真夜中か明け方、ゲイジュツの神様が
おりてくる時があります。芸術、ではありません、ゲイジュツ、です。
そんなとき、布団からとびおきてスケッチブックやアイデア帳におりて
きたイメージを、かきつづります。
眠気にまけたら、そのアイデアはそれまで。もうでてきません。
覚えていたとしても、もう新鮮ではありません。
新鮮なうちに、ノートやスケッチブックにうつさなくてはいけません。
ひとりぼっちの夜は、ゲイジュツの神様がおりやすい夜です。
この日の晩も、おりてきてたんやろうね。(笑)

でも長いこと、ゲイジュツの神様がおりてこない時期があります。
そんなとき、なにを作っていても力がはいりません。とても不安になり
ます。

お正月休みにおしゃべりの家族で美術のはなし、イラクの話し、新撰組
の話し、いろんな話をしました。(教えて頂きました)美術の話では、
(勉強では)「印象派」とはなにか、「キュビズム」とはなにか、その
他もうなんだかいろいろと、ちんぷんかんぷんな言葉を前にノートをと
りながら、みっちり教えてもらいました。
こんな仕事してるくせにほんまになんもしらんねんなあ。と両親にあき
れていました。
ピカソのゲルニカも、しらんなんて!
おはずかしい限りです。でも、今頃になってですがなにかを知るという
事のおもしろさを、実感しているところです。
昨日、新聞をみていたら京都の子供たちが平和の願いをこめて、ゲル
ニカと同じサイズの絵を描く。というイベントの記事が載っていました。
ゲルニカとは、スペイン内戦下の悲劇をかいたピカソの名作のひとつです。
今度古本屋へいって、画集を買ってみようと思いました。
ゲイジュツの神様のはなしから、ゲイジュツの勉強のはなしに変わって
しまいました。今日も、クレパスでなにかこう。