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06.2/20 大阪城

自転車で10分坂道をのぼったり、おりたりすると大阪城公園があります。
夏に引っ越しをしてから、JRの環状線に乗ることが増えたのですが決まって大阪城がみえる側に立って乗ることにしています。
ビルとビルの間から、大阪城が電車の走る速度にあわせて何パターンかの角度で見ることができるのですが、なんでしょうね、
得をした気分になるからでしょうか。大阪城を結構必死に目で追ったりします。
先日、夕方頃たまたま梅田で用事があって環状線に乗りました。
その時もまた自然と目は大阪城を探してしまうのですが、ちょうどその頃、空があかく夕焼け空になってきていて、ビルも夕焼
けでところどころ赤くなっているところや、光りが反射して川面もきらきらしていて、とてもきれいな光景だったんです。
電車が夕焼け空の中を、がたん、ごとんと進んでいくと大阪城もみえてきました。そしてちょうど太陽が大阪城の後ろにきたとき、
大阪城はまっくろなシルエットだけになって、後ろからまっかな後光がさしているようで、とてもきれいというか、おお!と、圧
倒されたというか。一瞬でその光景は終わり、また電車は進んでいくのですがしばらく、なんとなく呆然と先程みた光景が頭から
離れませんでした。感動したのか、ちょっと目頭があつくなったりしました。

そんなわけで、なんだか最近すごく大阪城がすきなんです。
戦国時代にとても興味がある。というわけでもないんですが、なんというか、都会の中でぽっかりと城のある部分だけなんだか
異質で惹かれるんでしょうか。
おととい天気がとてもよかった日、彼と2人で自転車に乗って、大阪城公園をぐるりとまわってみました。
大きな公園で梅が咲き始めていたり、天気がいいせいか散歩している人も多かったな。
犬を散歩する人、ゆったり歩く老夫婦、カメラを持ってなにかを撮っている人、家族づれ、カップル、サッカーする一達、
自転車に乗っている人、みんなぽかぽかした陽気の中楽しそうにみえました。
わたしたちも、近くでパンやスープを買ってきて外で、お昼ごはんを食べました。
サッカーをする少年たち(青年かも)のうしろには、小さく大阪城もみえました。今と昔があるようで、なんだか不思議で、
とてもいい光景です。太陽の下でごはんを食べるといつもよりもずっと美味しい。なんか幸せやなあ。と思いました。
いろいろあるけれど、こういうふいに訪れる、幸せやなあ。と思う気持ちこそ大事なんやろなあ。

06.2/16 エプロン

エプロン、作りました。
昨日やっと在庫分を作り終えました。間あいだに、今すぐやらないと。という仕事が続いていたので更新が遅くなって
しまいました。カタログの受注、久しぶりになってしまいました。
今日はまだちょっとやらなくてはいけないことがあるので、明日スタートしようと思います。
しばらくは、在庫を作ってはある分だけお受けする。という形にしようと思います。受注だと、いったいいつお届けでき
るのかわからなくなってしまうことになってしまいそうなので。

昨日、エプロンを作りながら久しぶりに日本映画のDVDを見ました。「アイデン&ティティ」という映画。最近の?です。
ボブディランがでてくる(実際にはでていないけど)話です。
映画の最後にボブディランの「ライク・ア・ローリングストーン」が流れるんですが、なんだかぽろり、ときてしまいます。
映画が終わった後、早速ボブディランを聴きました。わたしは、「風に吹かれて」という曲も好きです。
「アイデンティティー」という言葉、横文字では知ったような気分になって、お酒でも入りながら、あつく喋っている時に、
ときどき(笑)顔をだす言葉ですが、日本語でちゃんと理解して使っているかと問われると、言葉につまってしまったり
して。ぼんやりとしたイメージで使っていたので、調べてみることにしました。

アイデンティティー【identity】
1 自己が環境や時間の変化にかかわらず、連続する同一のものであること。主体性。自己同一性。「―の喪失」
2 本人にまちがいないこと。また、身分証明。

なんとなく、ぼんやりと思っていたとおりの意味ですが、明確にこうやって日本語でもし「あなたのずっと変わらない主体性
(自己同一性)はなんですか?」と聞かれたら、ちゃんと答えることができるかどうか。
なんだか自分がとても流動的なように感じてしまったりします。
エプロンをつくりながら、なんとなく自分のことを考えてしまう日。

06.2/5 家族旅行

久しぶりに家族旅行をしました。
大人になってから、全員そろった家族旅行は初めてです。懐かしいというよりも、ちょっと新鮮な気持ちでした。
みんなもう大人になっているので、家族旅行というよりも小さい会社の社員旅行のようです。
兄が結婚して奥さんができて、子供もできて、家族が増えました。子供がいる旅行は大人だけの旅行とちょっと違います。
まだ生まれて1年もたたない甥っこからみた、初めて見る海はどんなふうにうつるのでしょう。
生まれて初めて見るものっていうのは、一体どういうものなんでしょう。ちょっとうらやましい目線です。
ひとさし指をピーンとのばして、海を指差してうーうーと言葉になっていない声でなにかを喋っています。
海は大きくて、世界とつながっていて、無限なような気持ちになっていた子供の頃の気持ちを想像します。
電車でひとり、待ち合わせ場所にむかう電車の中で読んでいた本、星野道夫の「旅をする木」の中で、星野さんが飛行機でアラ
スカから南アメリカへ向かっている時に感じた時の気持ちの言葉を思い出します。
「世界とは、無限の広がりをもった抽象的な言葉だったのに、現実の感覚でとらえられてしまう不安です。地球とか人類という
壮大な概念が、有限なものに感じてしまうどうしていいかわからない淋しさに似ています。」
星野さんは、飛行機で旅をするスピード感が身体も気持ちもついていかない。ということを書いているんですが、わたしは、
ものに対しても、時々そう感じたりすることがあります。
子供の頃は、無限だと感じるものが身の回りにたくさんありました。海だって、今みている海の感覚とまったく違う気分で見て
いたように思います。海はずっと変わらないのに、それを見ている自分の気持ちが乏しくなっていることがとても淋しいと感じ
ます。
星野道夫さんの本は、まっさらな気持ちを思い出させてくれます。なぜだかわからないけれど、読んでいると自然を感じる気持ち
にじわりと感動します。自分の気持ちがちょっと小さくなっているな。と感じた時に、読んでみるといいかもしれません。

1泊2日の家族旅行はあっという間にすぎて、東京に住む弟と大阪に住むわたしと、長野に住む家族とみんなそれぞれに別れて
またいつもの自分の日常へ帰っていきました。
さっきまで、大勢に囲まれていた自分がまたひとりに戻る時、子供の頃はなんて幸せだったんだろう。と思ったりします。
当たり前のように、その家族の中にいる自分がいて、旅にいくときも、帰る時もずっと一緒でした。
今も戻ろうと思えば戻れるんですが、あの時の自分の居場所ではないのです。

東京へ向かう電車に乗った弟から、「夕焼け、きれいやなあ」とメールが入りました。本を読んでいた顔をあげると、
電車の窓からは、ビルの間からまっかな夕焼けが見えました。みんな、それぞれの夕焼けを見ていたのかもしれません。

06.1/30 ドイツ写真展

最近なんだかよく京都へ行きます。
先々週は東寺に、今週は京都の近代美術館でやっているドイツ写真の現在という展覧会をみにいきました。
ひさしぶりにひとりで京都。昨日は、春みたいにぽかぽかいい天気でした。
ドイツ写真展の図録を、服部一成さんがデザインしたらしく最初はその図録目当てでした。
展覧会、かっこよかったですよ。なんていうんでしょうか。いい写真やなあ。っていうよりも、おしゃれというか、センスあるなあ。
っていうか。かっこいいんです。
計何人かな?えーと(図録をみながら)10人の写真家の作品展なんですが、それぞれティストが違っていて見ていても飽きなかった。
どれもよかった。なんというか、刺激的な感じがしました。どきどきするんです。図録も、もちろんかっこいい。

ひとりで京都やし、どこ行こうかなあ?と思いながら、河原町をふらふらしててかわいい看板やなあ。と思ってはいったロールケーキ
のお店で、ロールケーキをおみやげに(自分にやけど)買いました。おいしかった。
ひさしぶりに、五条にある喫茶店mizucaにも行きました。一度、グループ展?みたいなので作品をださせてもらって以来なので、2年
ぶりくらいに。アットホームな感じで、珈琲飲みながら3Fで個展をしていた作家さんや写真を撮っている女の子や、なんとなく会話が
できて楽しかった。しらない人と話をするのって楽しい。ちょっとそわそわしながら、緊張感もありながら。

今日は月曜日。仕事にもどらなくては。
エプロンの写真は撮りましたので、在庫がいくつかできたらアップします。今日は一日、エプロン作りをしたいと思います。

06.1/24 母との合作 

去年の暮れあたりから、ひそかに母と相談していることがあります。
母娘展をやってみようか。という話。
うちの母は、ゲイジュツ家です。芸術家というよりも、ゲイジュツ家。
なにを作っているんですか?と聞かれると返答に困ります。ゲイジュツを創っていらっしゃいますから。
ある時は、絵をひたすら描いていたり、ある時はブローチをひたすら作っていたり、ある時は写真を撮りつづけていたり、
そしてある時は、自分の声をテープレコーダーにふきこんでなにかを喋っていたり。(まだ聴いたことがありません)
まだまだ、「ある時」があります。でも、書ききれません。
最近になって、ようやく母のすごさに気付いたわけでありますが、それまでは母の作品が小さい頃から日常にあったので、
あえてそれをみて、どうこう思うこともなく、世間的に評価されている父の作品のほうを尊敬していたりしたわけです。
でも、自分も創る人になってから母の作品を今までとは違うファインダーをとおして見てみると、なんてすごい作品なんだ!
と感動したりするようになりました。その母の才能に便乗して、母娘展をやってみたい。と提案してみたんです。
母は喜びました。よろこんで早速FAXいっぱいにこんな案はどうだ、こうだ。と送ってきました。
母は、はりきるとたいした案が浮かびません。(笑)いつもの日常の中でたんたんと創作しているものに魅力があります。
お正月に実家に帰った時に、母の大量の作品の中のほんの一部だけを持って帰ってきました。これと組み合わせて、わたし
がなんか作りたい。と言いましたら、母はまたまた喜んでもう大量にこんなのもあるよ、あんなのもあるよ。と箱いっぱいに
持ってきました。でも、わたしがそんな大量の中のほんのちょっとしか選ばなかったことに、それだけ・・?とちょっと
ばかり残念そうでしたが、たくさんありすぎてわたしも頭が混乱したので、厳選してちょっとだけを選ばせてもらったんです。

大阪へ帰ってきて、仕事の締めきりの日々が続き落ち着いてゆっくり制作するというリズムにならなくて、実家から持って帰って
きた母の作品たちも持って帰ってきたままの、紙袋の中。
でも今月のサリダの締めきりの後、徹夜をしたせいかテンションが妙にあがっていて、深夜ちくちくと、とり憑かれたみたいに
(母に、笑)ひとつのかばんを作りました。
毛糸の部分が母の作品。持ち手にもってきました。耐久性は、きっとありません。(笑)
でも、作っているときとても楽しかった。どんな形になるかな?とわくわくしながら、作りましたよ。
早速、このある日のハナシのシを母にみてもらおう。と思います。きっとまた喜んでメールか電話がくるはず。
しばらくは、連載の仕事のあいまをぬって母との合作をいろいろと作ってみようかな。と思っています。
クルールのカタログでは、近々数を限定してエプロンを出す予定。楽しみにしていてください。

母ノリコさんのホームページ NEKO美術館 http://rovobo.com/neko_art/